戦争の科学

2018/01/28

アーネスト・ヴォルクマン、主婦の友社。日本語サブタイトルは「古代投石器からハイテク・軍事革命に至る兵器と戦争の歴史」、英語サブタイトルは「ギリシアの火からスターウォーズ計画に至る、究極兵器の探求」 サブタイトルのとおり紀元前のチャリオットからレーザー誘導爆弾まで、科学の中の戦争、戦争の中の科学についてかいた本。
時間経過に従った記述は直感的で読みやすい。ざっくりと大上段に構えた文体は少々細密さに駆けると思うが、逆に可読性は非常に高い。戦争における科学、科学における戦争をエピソードとともに紹介する記述は読者を引き込む大きな力だ。日本語版で追加された各種兵器のイラストもあいまって、全般的に読みやすい本に仕上がっている。
構成に関してはこのように水準以上のものだ。となると視点なのだが、この本の視点はなかなかユニークである。ミリタリーの知識を紹介する「だけではなく」(つまりは、ミリタリー知識書としても十全な情報量を備えているわけだが)、科学技術の発達史と軍事技術の発達史を同一に見、現在の科学倫理を追及するところまで視座を深めているのである。
ゼロテ派とローマ帝国軍の闘争に始まるこの書物は、時間の経過とともに国民国家が巨大化し、戦争が起き、その中で科学技術が使用され、発展する過程を、一つの確かな視点で切り取っている。古代史からルネサンス期の記述は正直、ミリタリー書として知識をかじる部分が大きい。だが、国民国家が制定され、総力戦の概念が起こり、二次大戦における絶滅兵器の開発と、それを行う科学者の国家管制にまで話が進むと、この書物のユニークな部分が顔を出してくる。
それはつまり「科学は透明ではない」という視点と、科学と技術が不可分であり、その双方が戦争を通じて発展してきたことの大量の証座の提出である。大量の紙幅が割かれている一次〜二次大戦における科学者の国家戦争への協力に至って、古代、中世、近代の記述の軽さが、逆に響いてくる。国家総力戦を戦うことが可能になったのは兵器技術の発達のせいであり、それを成し遂げた科学者は、総力戦体制においては「科学の透明さ」を盾に大量殺戮兵器の開発を拒むことは(基本的に)出来ないし、しなかった。その矛盾と事実が、軽く読み流してきた「かつての」国家における「かつての」戦争・兵器記述との対比で浮き彫りになってくるのだ。
この本は戦争と科学の本である。戦争の中の科学も、科学の中の戦争も、双方確かな記述と鋭い視点で書いている。それだけでもなかなか貴重な書物であるが、戦争と科学の上部構造体としての国家と、それにどうしようもなく包まれた現在、という視座をも提出している。一見ミリタリー知識を放出して終わる、軽い書物ともとられかねない本である。実際、そのような書物は数多い。だが、それ以上の場所へと確かに、この書物は到達している。名著。